熊本の師母つつがなく居たまふやつながらぬ電話今日もかけたり
台 湾 李 錦上
「師母」は、先生の奥様の意。戦前のの本の統治時代、出向した小学校の先生の一家と暖い交流があって、今回の熊本地震でその夫人の安否を気づかっているのである。生涯にわたる長い心の交流を示す歌だ。私も台湾の歌の知友があったが、皆亡くなられた。いつまでもおげんきで。 【 岡野 弘彦 選 】
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大筆で「まめ」と書写して筆を置きふーと息はく小一の子は
福岡市 津留 明子
子供が緊張してなにかに取り組んでいる表情はとても魅力的なものだ。ここではお習字。大筆で力いっぱい「まめ」と書き、書き上げて思わずふーと息をつく。状況が目に見えるようでとてもほほえましく、かつなにか励まされる感じがする。われわれもこの一年生のように日々をすごしたいものだ。 【 小池 光 選 】
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気が付けば五月節句も母の日も過ぎて千数百回の余震
熊本市 森山 昭子
昨年4月に起きた熊本地震。長引く余震にふあんがつのった。本来ならば端午の節句や母の日を楽しむはずだったのに、心の余裕のないままに気が付くと5月中旬になっていた。落ち着かない日々の様子が実感をこめて表現されている。とりわけ「千数百回の余震」の数字の重さに胸を衝(つ)かれた。 【 栗木 京子 選 】
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積りたる雪を払ひて南天の埋み火を妻は煮え立たせけり
青梅市 諸井 末男積
雪に隠れていた南天の赤が、ぱっと目に飛びこんでくる。色彩の対比の鮮やかさ。分量としては少ない赤だが、強い生命力を感じさせるところが魅力。埋(うず)み火(び)の比喩が、雪(=灰)、南天の実(=火)、そして払う動作にまで及んでいるところが見事。一年を通じて佳作を送ってくれた諸井さんでした。【 俵 万智 選 】