寺で育った子が、こどもながらに出家して、幼い僧となる。冬休みに僧となったのだが、学校にはもう戻らないのだろうか。 【 小澤 實 選 】
東京都 松井 和治
自家製の餅を送ってくれる実家。ありがたいことである。兄の心とてのひらのぬくもりが 「まんまる」によく表れている。 【 栗木 京子 選 】
棺(ひつぎ)に入った母に十房ほどの稲穂を置いた。きっと農業に勤(いそ)しみ家族のために働きとおされた母親であろう。実った稲穂であることに作者の深い感謝の思いがこもっている。ありのままを句にしていて感動を与えてくれた一句である。 漱石の「有る程の菊抛(な)げ入れよ棺の中」にも迫るか。 「十房」の細叙がいいのだ。 【 矢島 渚男 選 】
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蛇口から日本の水や秋の水 前橋市 平林 始
蛇口から迸(ほとばし)り出る水はまぎれもなく「日本の水」。秋になりそこここの河川湖沼の水が澄んでくる。この水も「日本の水」。どちらも日本の大地の降る雨や雪から恵まれたものである。水道の水の冷やかな心地よさが、日本の山野水沢の水に始まる秋の風景外観につながってゆく。中七の「や」が「日本の水」への感謝をよく伝えている。 【 宇多 喜代子 選 】
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次の世は君をかすめる赤とんぼ 東京都 徳山 麻希子
今生での「君」との関係はどんなふうだったのだろう。俳諧に不可欠の恋の座の句として、虚構であろうけれど、一口に言えば失恋の句であり、望みがあまりにも控えめで、身につまされる。赤とんぼになって掠(かす)めるだけでいいから、君に触れたい、というのだ。こんなことを言われたら、抱きしめたくなるのではないか。
【 正木 ゆう子 選 】
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春祭鯛厚く引き鯛に盛る 北本市 萩原 行博
生きている大きな鯛(たい)の身を包丁で厚く引いて、その鯛の上に盛り並べているわけだ。いわゆるいきづくりである。海辺の町の春祭のごちそうを、即物に徹して描いているのが、すばらしい。「引く」は「切る」という語の忌み言葉であるという。そんなことばの選択にも、この鯛が新撰(しんせん)、神の食べ物であることが伝わる。
【 小澤 實 選 】
鉄ならぬ鐡(てつ)のかけらまでを供出させられた戦争の始まった日。1941年12月8日。思いは深い。 【 宇多 喜代子 選 】
日記を書き終えた。読み返してみると、だいたい数行の記述だが、中には一行しかない日も。しばしその日のことを思い出してみる。 【 小澤 實 選 】
足利市 茂呂田 誠
上句を読んでドキリとしたが、じつは名前の中に「子」「夫」「男」の字が少なくなったことを言っている。「はびこれり」がやや強すぎるが子らの名への違和感が伝わる。
【 栗木 京子 選 】
熊本の師母つつがなく居たまふやつながらぬ電話今日もかけたり
台 湾 李 錦上
「師母」は、先生の奥様の意。戦前のの本の統治時代、出向した小学校の先生の一家と暖い交流があって、今回の熊本地震でその夫人の安否を気づかっているのである。生涯にわたる長い心の交流を示す歌だ。私も台湾の歌の知友があったが、皆亡くなられた。いつまでもおげんきで。 【 岡野 弘彦 選 】
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大筆で「まめ」と書写して筆を置きふーと息はく小一の子は
福岡市 津留 明子
子供が緊張してなにかに取り組んでいる表情はとても魅力的なものだ。ここではお習字。大筆で力いっぱい「まめ」と書き、書き上げて思わずふーと息をつく。状況が目に見えるようでとてもほほえましく、かつなにか励まされる感じがする。われわれもこの一年生のように日々をすごしたいものだ。 【 小池 光 選 】
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気が付けば五月節句も母の日も過ぎて千数百回の余震
熊本市 森山 昭子
昨年4月に起きた熊本地震。長引く余震にふあんがつのった。本来ならば端午の節句や母の日を楽しむはずだったのに、心の余裕のないままに気が付くと5月中旬になっていた。落ち着かない日々の様子が実感をこめて表現されている。とりわけ「千数百回の余震」の数字の重さに胸を衝(つ)かれた。 【 栗木 京子 選 】
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積りたる雪を払ひて南天の埋み火を妻は煮え立たせけり
青梅市 諸井 末男積
雪に隠れていた南天の赤が、ぱっと目に飛びこんでくる。色彩の対比の鮮やかさ。分量としては少ない赤だが、強い生命力を感じさせるところが魅力。埋(うず)み火(び)の比喩が、雪(=灰)、南天の実(=火)、そして払う動作にまで及んでいるところが見事。一年を通じて佳作を送ってくれた諸井さんでした。【 俵 万智 選 】
泣くのは一人の方がいいが、笑いは大勢のほうがたのしい。独りと一人は違うことを知らせてくれる。 【 宇多 喜代子 選 】
風俗の街に行くことはある決意が必要で、微妙に忠臣蔵と通い合ってユーモラスだ。 この事件は太陽暦では 1月末だが年の暮れの事件としてすっかり定着している。 【 矢島 渚男 選 】
休憩中、雑談に織り交ぜながら 親方は弟子たちに様々なことを教えるのだという。 休憩というより、一服。 「さ、仕事仕事」と、先に立ち上がるのも親方である。
【 正木 ゆう子 選 】