目についた記事を、その時々に書き込むつもりです。
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   寒昴その詳細をわれ知らず    横浜市  本多 豊明

星は昴、と言っても、いったい何個の星から成っているか等、詳しい事は私も知らない。星に対して、詳細という事務的な言葉が面白い。
                               【 正木 ゆう子 選 】


  恋瀬川を常磐線で跨いだら臆することなく恋せよ河辺
                       水戸市  河辺 新太郎

恋瀬川(恋をせよという川)に来た、その名も河辺さん。実在の川と自分の名前が、うまく掛けて構成されている。「跨いだら」も、決意をうながす感じがよく出ている。                         【 俵 万智 選 】



   白鳥のつばさ威嚇も抱擁も    広島市  藤域  元

白鳥は他の鳥に比べて格別に翼の表情が豊かな気がするのは何故だろう。抱擁という言葉がふさわしく思われるのも、白鳥ならでは。【正木ゆう子 選】


   牡蠣割れば命うごめく小蟹かな    横浜市  田崎  稔  

生牡蠣を割ったら、その中に隠れ棲んでいる小さな蟹が見つかった。生き物たちはみんなそれぞれに工夫を凝らして生きることに懸命なのだ。その小さな命も奪いながら人間は生きている。           【 矢島 渚男 選 】 


   禁煙す義士討入りの日を以って    京都市  木村 甲鳥

幾度目かの決心なのだろう。意志強固であった義士たちにあやかっての決意の表明。上五の意気込みと、下五の流れるような軽さが、まじめな滑稽をただよわせる。                     【 宇多 喜代子 選 】



  前をゆくひとりが遠し雪催 (ゆきもよひ)  小樽市  前田 満夫

前を行くひとりと自分とのあいだは さほど遠くはないのだが、それを遠くに感じさせるのは、雪の来そうなどんよりした天候。原句の「雪催ひ」は「雪催」に。
                              【 宇多 喜代子 選 】



  看板を真似てポーズをとる君の若さにピントを合わせて撮りぬ
                         八幡市  会田 重太郎

カメラの前の屈託のなさ。「君」ではなく「君の若さ」にピントを合わせるところに、この一瞬の貴重さが、表現されている。        【 俵 万智 選 】



■ 夏草に銃置きわれ等シベリアへ   帯広市  吉森 美信 

俳句で過去を回想するのは難しいが、作者はシベリアに抑留された重い記憶を掘り起こし、すぐれた作品を作った。1945年8月突如侵入したソ連軍によって武装解除され捕虜として北の地に送られたのである。句として成功したのは「夏草に銃置き」という具象の正確さによる。この歴史の一場面を俳句に詠った例は少ないのではないだろうか。      【 矢島 渚男 選 】


■ 自然薯掘る考古学者のごとく掘る   埼玉県  坂井 忠正

土深く育つ薯の中でも、自然薯はとくに細くて長く掘り出すのがむつかしい。この自然薯は大採りか栽培のものか、いずれにせよ、これを掘るときには細心の注意をはらわねばならぬ。衒(てら)いを見せずに実見実感した技術と心持を報告体にせず、「考古学者」のそれに重ねて説得力を持たせたところに感心させられた句である。               【 宇多 喜代子 選 】
 

■ 龍宮の色のはじめの桜貝    津市  中山 道春

桜貝は儚(はかな)く、竜宮も人間にとっては幻想のもの。それにもかかわらずこの句には曖昧さが無い。理由は、目の前の一枚の桜貝を拠り所にしたこと、色に焦点を絞ったこと、「の」を重ねて上五中七が桜貝を修飾する安定した構成など。しかし最も大きな理由は、誰のものでもない海とその海の神への畏敬が根底にあることだと思う。         【 正木 ゆう子 選 】


■ 君といふ言葉に春の光あり    香川県  田岡  弘  

「君」と呼びかけることばに春の光を感じるという。確かに「君」は、人を知って、その人と友になろうとした時、呼びかけることばである。呼びかけた人も呼びかけられた人も、ともに眩しい春光に包まれている。主観的な表現ではあるが、まさに真実をついているのだ。ことばそのものを詠んでいる異色作。 
                               【 小澤  實 選  】


   冬の蜂摑めばやはり刺さんとす    横須賀市  竹山 繁治

弱々しくよろばう冬の蜂。摑もうとすると、腹を曲げて刺そうとする。まだ生命力が残っていたのだ。「やはり」という日常の言葉が生き生きと使われていて効果的。                         【 矢島 渚男 選 】


■湯の峰の湯屋で聞き入る虫の声親ありし世のとほき日を恋ふ
                        神戸市  川村 幸作
熊野詣での湯垢離(ゆごり)場の湯の峰温泉は説教浄瑠璃「小栗判官」にもあるように、昔から人々の心を幽暗な伝承と信仰の世界に引き入れる神秘な場所だった。この一首にも、関西に住む作者らしい世々の日本人の心が、永い伝統を伝える短歌の定型を通して流露している。親は両親でもあり、更に古い遠世の祖(おや)でもある。        【 岡野 弘彦 選 】


■自づから笑みのこぼれて帽子とり山の祠(ほこら)に一つを願ふ
                        直方市  住田 則雄
一読明瞭だが、明瞭にしてどこかに解き難い謎がある、というのに魅かれる。短歌に限らず芸術作品はみなそういうものだろう。どうして、自づから笑みがこぼれたのだろう。  また何を願ったものだろう。作者は一切教えてくれない。でも、なんとなく解るではないか。とても奥のある笑いだ。 【 小池  光 選 】


■空襲の慰霊堂より帰る途(みち)スカイツリーが車窓より見ゆ
                        船橋市  内田 蟷螂
螂東京都墨田区に建設中の東京スカイツリー。新名所として人気が高まり、連日多くの人たちが見物に訪れている。だが忘れてならないのは、ここが昭和20年3月の大空襲などで多大な被害を受けた地域であること。慰霊堂とスカイツリーを対置したこの歌から、作者の真摯な訴えが伝わってくる。
                               【 栗木 京子 選 】

■理髪店の主が鏡の新緑に息吹きかけてみがいておりぬ
                         東京都  小菅 暢子
かがやく初夏の街角を、映画の一コマのように印象的に切り取った一首。 実際は「鏡」に息を吹きかけて磨いているのだが、「新緑に」という文脈にしたところが粋だ。そう見えるという発見でもあるし、本当にそうなのかも、という気分も漂う。昨年の小菅さんは、質、量ともに群を抜いて充実していた。 
                                 【 俵 万智 選 】


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